肝硬変のmimic○○とは?
ぼちぼち卒業試験も始まりそうですが、先日超優秀な同期がプレゼンしてくれた症例(忙しい中ありがとう😭)について気になったので深堀り(?)してみました。
今日のテーマは腹水の鑑別の1つとなる肝硬変のmimic○○についてです。
腹水
腹水の原因の鑑別
まずはさらっと腹水の原因の鑑別について書いていきます。
腹水の原因といえば肝臓系のイメージが強いですがどうなのでしょうか。
Up To Dateで調べてみると
肝硬変 81%
悪性腫瘍 10%
心不全 3%
結核 2%
透析 1%
膵疾患 1%
その他 2%Up To Date "Evaluation of adults with ascites"の"ETIOLOGY "
肝硬変が頻度としては圧倒的でその後悪性腫瘍、心不全、結核、透析、膵臓疾患、その他と続きます。
その他の稀な原因としては
感染症
アメーバ症、回虫症、ブルセラ症、クラミジア腹膜炎、HIV感染症、骨盤内炎症性疾患、偽膜性腸炎、サルモネラ、Whipple病
血液疾患
アミロイドーシス、Castleman症候群、髄外造血、血球貪食症候群、Langerhans細胞組織球症、白血病、悪性リンパ腫、肥満細胞症、多発性骨髄腫
その他
妊娠、Crohn病、子宮内膜症、Gaucher病、リンパ脈管筋腫症、粘液水腫、ネフローゼ症候群、手術によるリンパ管の裂傷または尿道損傷、卵巣過剰刺激症候群、POEMS症候群、SLE、脳室腹腔シャント
Up To Date "Evaluation of adults with ascites"の"ETIOLOGY "
というように、かなりの鑑別が挙げられます。
腹水の鑑別のアルゴリズム
鑑別のアルゴリズムは以下になります。
Up To Date "Evaluation of adults with ascites"の"DETERMINING THE CAUSE OF THE ASCITES "の"General approach"
正直この腹水の鑑別のアルゴリズムについては様々な本で書かれているので詳細は省きますが、以下ポイントかなと思った点です。
血清-腹水アルブミン勾配(以下SAAG)は1.1g/dL以上だと97%の精度で門脈圧亢進症と診断できるそうです。
Runyon BA, Montano AA, et al. Ann Intern Med. 1992 Aug 1;117(3):215-20. doi: 10.7326/0003-4819-117-3-215. PMID: 1616215.
下のJAMAの論文ではSAAGと門脈圧亢進症に関して、
SAAG:
<1.1 g/dL⇒LR(-) 0.06[0.02-0.20]
とかなり低い陰性尤度比が示されています。
また、特発性細菌性腹膜炎(以下SBP)を示唆する所見についても調べられていて、
腹水中の好中球数:
>250/μ⇒LR(+) 6.4[4.6-8.8]
≦250/μ⇒LR(-) 0.2[0.11-0.37]
腹水中の白血球数:
>1000/μL⇒LR(+) 9.1[5.5-15.1]
腹水pH:
<7.35⇒LR(+) 9.0[2.0-40.6]
(血液pH)-(腹水pH):
≧0.10⇒LR(+) 11.3[4.3-29.9]
<0.10⇒LR(-) 0.12[0.02-0.77]
とのことでした。
血液と腹水のpHの差をとる指標自体を初めて知りました。
Wong CL, Holroyd-Leduc J, et al. JAMA. 2008 Mar 12;299(10):1166-78. doi: 10.1001/jama.299.10.1166. PMID: 18334692.
以上のことを知っているととりあえず結核や悪性腫瘍以外の鑑別はできると思います。
year noteにも太字ではないですが漏出性と滲出性の腹水の鑑別の際のSAAGについては触れられていますね。
ここまでで既に僕の拙い文章だとお腹いっぱいかと思われます(💦)が、今回の本題はここからでして、腹水をきたす肝硬変のmimicに○○があるということをお伝えしたい記事なのです…笑
肝硬変のmimic○○
症例
突然ですが、症例です。
30歳でやせ型の1日にビールを2Lは飲む大酒家の男性です。腹部膨満感で内科外来にやってきました。頸静脈波は確認できず、心雑音もなく、四肢の浮腫もありません。血液検査上、肝逸脱酵素の上昇やビリルビン上昇も認めません。心エコーは正常(弁膜症も明らかなものはない)で、CTをみるとたしかに腹水はかなり貯留しており、脾腫もあります。肝疾患をきたす感染症は検査上は否定されておりまして、生検までされていますが特に肝硬変は来していないという所見でした。この症例の診断は何でしょう...
実はこの方、
収縮性心膜炎
でした...
腹水の鑑別に右心不全きたすような収縮性心膜炎は挙げられるとは思うのですが、症状として四肢の浮腫なしで腹水だけの収縮性心膜炎があり得るということを知らなかったので、調べてみました。
病態生理
皆さんご存じの収縮性心膜炎の病態生理について軽く書いてみると、
硬く瘢痕化した心膜が心臓を覆っている
⇒心室充満が抑制されている
=すぐに拡張限界がくる
⇒右心への静脈還流が止まる
⇒体静水圧が上昇し、右心不全症状が現れるそのうえ左室充満も抑制されるので、1回拍出量、心拍出量、血圧が低下することになる。
ハーバード大学テキスト 心臓病の病態生理 第4版
右心不全症状を呈するということなので腹水が出るのは頷けますね。
症候
135人の収縮性心膜炎患者のうち、67%は心不全症状、8%は胸痛、6%は腹部症状、4%は上室性不整脈、5%が心タンポナーデのような症状(呼吸困難、倦怠感、運動耐容能の低下)を示したとされています。
Ling LH, Oh JK, et al. Circulation. 1999 Sep 28;100(13):1380-6. doi: 10.1161/01.cir.100.13.1380. PMID: 10500037.
なるほど、腹部膨満感のような腹部症状を訴える患者は6%程度にみられるのですね...
症例報告
成長遅滞、呼吸困難、長期経過の腹水が存在した23歳男性
Long-evolution ascites in a patient with constrictive pericarditis
唯一の症状として4年も持続した難治性の腹水が存在した若年女性
Refractory ascites as the only presenting symptom of chronic calcified constrictive pericarditis: a diagnostic challenge
大量の腹水と肝脾腫を伴う腹部膨満を呈した13歳男性
Constrictive pericarditis presenting as massive ascites in children: report of one case
といったように、末梢性浮腫をきたさずに腹水を呈した症例はいくつか見つかりました。また末梢性浮腫は来しているものの、肝硬変と診断されて治療が遅れた収縮性心膜炎の患者さんの報告も何件か確認できました。
類似疾患ではどうか
収縮性心膜炎と似たような循環動態を呈する心タンポナーデではどうでしょう(厳密にいうと違うとは思いますが、どちらも心室拡張期充満の障害は来すということでそれはとりあえず置いておきます)。心タンポナーデと腹水や肝硬変の関係を調べても診断エラーが起きたような症例や治療が遅れたような症例はヒットしません(僕の論文検索能力の欠如の可能性高いですが、少なくとも収縮性心膜炎よりはヒットしないです)し、Up To Dateを読んでも亜急性心タンポナーデの部分で少し右心不全症状の1つとして挙げられているくらいです。
収縮性心膜炎というのは心膜液が器質化して心膜2層が癒合して線維性の瘢痕を形成するという病態で成り立っているため、症状と徴候が出現するまで通常数か月~数年かかります。おそらく、そうした長期経過の中で腹水という症状を最初に見ているのかなと思いました(なのでどちらかというと急性の経過を辿る心タンポナーデでは腹水のみという症状はみられにくい?)。
また、身体所見も見逃している可能性が高いので、腹水の患者さん相手には注意深く、頸静脈、四肢の診察をするべきだと思いました。
まとめ
腹水による腹部症状がメインの患者さんでは、肝硬変を中心とした鑑別を挙げますが、収縮性心膜炎も一考することにします。
本日もお読み下さり、ありがとうございました。